2004年5月日記帳





[31日(月)] 武士道から暦の歴史、陰陽五行説へ

 今日は昼に本社でT社の社友懇談会が開かれた。アメリカでデルの安値攻勢にあって得意のノートパソコンが苦戦していたが、ようやく対策がとれるようになってきたようである。資料として渡された2003年度連結決算も分かりやすい編集になっていたが、同時に渡されたT社グループ経営ビジョンのDVD VIODEOも世界にさきがけて開発してきたT社の歴史がなまなましい。

 たまたま7人づづの円卓で食事を共にしたが、後輩のKさんが台湾で現地の企業の社長から「武士道」を知っているかと言われて恥を掻いたという話があり、あれは新渡戸稲造が36才のとき英文で書き、日露戦争の時金子堅太郎がアメリカのルーズベルト大統領に紹介したら、大統領が気に入ったらしく、数十冊を親戚知人のために買って配ったものである。日本語訳は矢内原さんであるが、ギリシャ時代代以来のヨーロッパの古典に詳しく、それらを例に引いて日本の武士道精神を欧米人に分かりやすく説明したものであると解説したら皆感心したように聞いていた。

 ついでに大田区には16の区立図書館があり、大抵の図書は2週間で6冊無料で借りることが出来、読書はギリシャのヘロドトス以来の最大の娯楽であり、ソクラテスでなくとも「私は何も知っていない事を知っている」ことを痛感すると述べ、例として1週間を日月火水木金土とするのはどうしてかと聞いたら誰も答えられなかった。天空の星は地球から遠い順に、土星、木星、火星、日(太陽)、金星、水星、月の順になる。これらの星が1日24時間の各1時間づづを順次支配すると考え、太陽(日)が第1日の第1時間目を支配したとすると、第2日の第1時は25番目の月となる。このようにして順次25時間目の順番が火、水、木、金、土となると説明したら皆感心していた、ついでに甲乙丙丁戊の甲を「きのえ」という理由を陰陽五行説で説明したらこれも誰も知らなかったらしい。結局大谷さんは下らぬ事を沢山知っているねということになった。


[30日(日)] 天気予報が外れて真夏日到来

 今日は予報では梅雨前線の通過で全国的に雨模様であり、関東は曇りで雨は降らないが、気温も26℃くらいということであった。大体天気予報をそれ程信用はしていないが、今日の暑さには参った。夕方のテレビでは太平洋高気圧が強くて、暑さを太平洋岸に吹き込み、宮崎は34℃、徳島で32℃、東京でも31.7℃と報道されていた。お蔭で梅雨前線は途中で途切れてしまったとのこと。とにかく曇りどころか日射が強く、紫外線も強かったようで、半袖のシャツで露出していた腕が日焼けしてまるで火傷したみたいになってしまった。

 日曜なので例によって本厚木C.C.にでかけたが、どういう訳か案外来場者は少なかった。お蔭でセルフではなく、キャディがついた。 実は今日から飛ぶボールを使ってみることにした。先週クラブで購入したものであるが、結果から言えばドライバーではあまり効果なく、フェアウェイウッドや特にアイアンで効果があった。又少し家で練習したせいか、パターの調子が比較的よかった。中でも7番の池越えのショートホール120ヤードでは、強いアゲインストだったので7番ウッドで打ったら、キックが悪く右奥にホールから13ヤード外れてしまった。しかし下り傾斜面を軽く転がしたら運良くカップインし久しぶりのバーディとなった。

 しかし直射日光の下は暑く、木陰に入ると涼しい風がふいていて誠に気持ちがよい。昼飯の際のビールも特別美味しく感じた。プレー中は暑さでペットボトル入りのお茶も一本で足りず、二本も飲んでしまった。例年夏は半ズボンで暑さよけをしているが、まだ5月でそこまでは準備していなかった。体力的にも暑さでかなり疲れたが、スコアの方はいつもよりバーデイが出たせいか多少ましであった。同年配の連中と話をするとよくライオン(百獣の王=110)の話になるが、まだ1ラウンド90代で何とかこなしている。何とか90が切れないか希望はしているが、残念ながらまだ目途が立っていない。15年くらい前までは80前後で廻っていたのに情けない話であるが、飛距離の落ちた分を正確さでカバーすれば90を切れない訳がないので、要はミスをいかに絶滅するかということになる。


[29日(土)] 中国の反日政策と日本の対応

 江沢民が歴史を捏造し、反日教育に狂奔している様子を満州旅行でみて、実に怪しからぬと思ったが、黄文雄は最近の著書「中国こそ日本に謝罪すべき9つの理由」(青春出版社)では、一歩進んで内政干渉、名誉毀損、主権侵害で日本は中国に謝罪を求めるべきであり、それだけの勇気と気概を持たない限り、日本の国家防衛は不可能であると主張している。

 日本人は中国は長い歴史を持ち、昔は日本も中国文明の恩恵を受けたと思っている人が多いが、易姓革命というのは想像以上に非情なものであり、中国が日本に文明を与えたのではなく、日本が代償を払って取り入れたものである。古典なども中国では前王朝のものは焼いてしまうので、日本に残っている物が多いという。19世紀末から20世紀初頭の清朝末期には多くの中国人が日本に来て近代化の勉強をし、孫文の革命を日本人が援助したという事実もある。

 又日清戦争、日露戦争も日本の侵略戦争だというのはおかしいし、満州事変や支那事変も、当時の支那の国際条約無視と諸軍閥並立時代では、日本の侵略ではなく、日本は内戦に巻き込まれた被害者ですらある。5族協和の満州国ではまるで桃源郷のようだと毎年百万人の漢民族が流入した。支那事変も結局南京=日本、重慶=米英、延安=ソ連の帝国主義代理戦争となった。殆ど白人国の植民地と化した東洋で、それに抵抗したのは日本で妨害したのは中国であった。そのような観点から中国の押しつける侵略の日本軍国主義は歴史の改竄であり、靖国神社参拝反対、歴史教科書の干渉、ODAによる軍備拡張、尖閣諸島の自国領土主張、反日教育施設などは明らかに内政干渉、主権侵害、名誉毀損にあたる。政府の謝罪外交、反日日本人の暗躍、朝日を初めとするマスコミの対中媚態など日本はだらしなさ過ぎる。いままで下手に出たので馬鹿にされているので、ここで一転して合理的な強硬な態度に転換し、忘恩の徒に謝罪を要求すべきである。

[28日(金)] 旧制浦高海洋班コンパ

 昨年は丁度フランス一周旅行に出掛けていて出席できなかったが、今年出席してみたら皆随分と老けていたので一寸驚いた。昭和18年旧制の浦和高校に入った時は水泳部であったが、10月頃になったら敵性スポーツは怪しからぬとか言われて水泳部は解散され、ラグビー部、バレー部と一緒に海洋班が作られてそこえ入れられた。海洋班は和船を漕いだり、カッターを漕いだりするので、主として月島から東京湾で訓練した。たまたま3月末に集団チフスにかかり、1年休学したのであまり運動部としての海洋班の思い出はないが、旧友とは長い付き合いである。昨年幹事の骨折りで海洋班の生い立ちと歩みを記した班史ができた。

 O君は府立三中出身で浦高から東大の文学部を出て、東京都の公立中学の教諭や校長をやっていたが、この程同成社近現代史叢書Gとして「東京府立中学」という図書を発行した。これは戦前の東京府時代の府立中学の歴史を調べてまとめたものであるが、当時は上級学校への進学率は私立より府立の方が高かった。その理由は彼の調査によると、やはり有能な教師を全国からスカウトしたのだそうである。私の出身の府立四中のこともよく調べてある。

 I石油のI君は現在相談役とのことであるが、比較的まだ若さを保っている方であった。中東の石油に縁が深いので、イラク戦争に対しての感想を聞かれて、ハンチントンのように文明の衝突乃至はキリスト教とイスラム教の争いとみられるような解釈をしていた。確かに十字軍も聖地をイスラムの手から取り戻すために出掛けたが、アメリカには建国前からそのような血が流れているのであろう。

 最後に幹事が探してきた、海洋班の和船漕ぎ歌の元歌である佐野小唄について、4種類の佐野小唄の録音を聞かせて貰った。現在でも佐野花柳界のHPに載せられているようであるが、おそらく和船漕ぎ歌を作るときに参考にしたのは、観光佐野を宣伝するために昭和6年に中山晋平作曲で、小唄勝太郎が歌ったレコードがビクターから出されているが、時期的にそれによるのであろうと思われる。

 帰宅後、全国知事会が「平成17年度以降の「三位一体の改革」の取り組みについて」自民党の額賀政調会長に申し入れしたものに対して意見をとりまとめた。平成16年度は三位一体改革と言っても、政府が勝手に地方への配布を減らしただけで、中長期的な計画と地方との協議が必要であり、又政府自身もスリム化すべきだという趣旨であった。政府への申し入れには賛成であるが、地方も自立の意志を明確にし、政府に甘える姿勢を正してほしいと感じた。


                   

[27日(木)] 道州制推進連盟九州アンケートの回答について

 このところ連日のように近所の歯医者に行って虫歯の再治療を行っていたが、5回の歯根治療を終え、昨日ようやく詰め物の型取りをすませたので、1週間待機となり、今日は久しぶりに完全FREE DAYになった。そこで懸案の道州制推進連盟から出した九州各県知事に対するアンケートの回答の検討を行った。尤もその間、Internet Security2004のサービスが期限切れになるとの予告が入り、シマンテックに抗議したりして気分が悪くなったので、沼部の練習場に行ってしばらくゴルフスイングの練習で気分転換を図ったりした。

 現在北海道が道州制特区となり、その条件をまとめて政府と折衝中であるが、南端の九州は昔から大分県の平松知事など道州制論者だったし、九州各県は現在道州制についてどう考えているのか調べるため10項目のアンケートを行ってみた。回答の締め切り期限を明示しなかったので、すぐ回答を寄越した県もあったが、全部出そろうのに2ヶ月もかかってしまった。

 現在の日本の中央集権システムについては抜本的に改革すべきだという意見が多かったが、その他の質問に対しては賛成とか反対とかの明確な意思表示ではなく、殆どが(その他)として尚検討を要するという回答であった。その原因は、目下九州地方知事会の下に、各県の部長クラスで組織する[道州制等都道府県のあり方を考える研究会]が組織され、まだ結論が出ていないという事情がある。特に驚いたのは地方交付税の存続について、全県が廃止すべきでないとの回答を寄せたことである。勿論「道州制にした場合」という字句が抜けていたことはあるが、財政調整制度を過渡的に考える必要はあるにしても、地方交付税の存続は中央集権制の存続とも言え、本気で地方の自立を考え、国と地方の財政赤字の解消を考慮しているのか疑わしいと思ってしまった。

 又地方経済低迷の原因として一部には産業構造が時代の要請に合わなくなっている点を指摘しているが、東京一極集中の影響だなどノー天気な回答を寄せた県もある。やはり日本独特の甘えの構造が染みついているというべきであろう。尚地方で道州制の検討を進めるに当たって、中央政府の対応が問題になる。ところが政府はただ構造改革だとか道州制特区だとか言ってはいるが、肝心の政府のスリム化については計画も見えてこないことが、地方自治の進展にとっても大きな障害になると思われる。今後自民党の道州制推進議員連盟会長でもある杉浦官房副長官に中央政府のスリム化計画の確立を督促することとしたい。


[26日(水)] 道州制、地方分権改革最近の動き

 今日は水曜なので午前はスポーツセンターへ行き、室内およびプールでトレーニングを行ってきた。特別に変わったことはなかった。午後から続々GOLDEN AGEのコラムに「道州制早わかり5ヶ条」をアップした。更にインターネットで道州制や地方分権改革の最近の動きについて調査し、MLで道州制推進連盟の会員に連絡した。概要は次の通りである。

 自民党の道州制推進議員連盟の会長である杉浦正健氏が官房副長官に就任したが、このほど道州制を政府の骨太の方針に盛り込むよう竹中金融・経済・財政担当相に要請したと5月21日の毎日新聞に報じられた。うまく盛り込まれれば大きな前進となる。

 小泉内閣メールマガジンで紹介されたが、今後小泉内閣に重点的に取り組んでほしい施策についてアンケートする第1回政策アンケートが5月20日〜30日の間実施されており、昨日道州制の実現を要望する投票を行ったが、会員にも紹介し、併せて投票をお願いした。

 5月14日に「地方分権改革に関する東京都の基本的見解」が発表されたが、昨日「全国知事会「平成17年度における「三位一体の改革」に関する提言」に対する東京都の意見について」が発表された。そこで全国知事会NGA最近の動きを調べたら、これは全国知事会の「平成17年度以降の「三位一体の改革」の取組について」という申し入れで、全国知事会長の梶原岐阜県知事と増田岩手県知事が4月15日に自民党の額賀政調会長に申し入れたものと分かった。

 なぜ東京都が意見を出したか想像するに、全国知事会に石原知事の意見が取り入れられなかったので、別途噛みついたものと思われ、唯一地方交付税を貰っていない東京都とその他の地方との対立点が比較的よく見える。今後克服すべき点であるが、東京都も自分の所だけでなく、全国的立場で意見を出さないと地方の理解が得られず、又実現も難しくなると思われる。つまり道州制のような広域自治体を前提にしないと地方の自立は難しいのではないかと思うし、財政調整制度もうまくいかないのではないかと思う。


[25日(火)] イラクと日本、イラク復興に向けて

 今日は午後から東京財団虎ノ門道場で、題記シンポジウムが行われ参加した。司会は吹浦忠正氏であったが、東京財団がイラクのムサンナ県から招聘した7人のイラク人が話をし、質問に答えた。7人の内訳は宗教家が2名、医師が2名、薬品検査技師が1名、小学校の女性教師が2名であった。最初に東京財団の日下会長から毛布26,822枚の贈呈が行われ、サイド・アリー師より謝辞が述べられた。尚イラク人はアラブ語なので、イヤホーンで同時通訳を聴いた。

 冒頭司会者より報告有り、本日小泉総理と11:00〜12:00まで面会し、総理からは自助努力がベースだと指摘され、治安をよろしくと言われた。これに対してイラク側より、ムサンナ県にはサドル師の影響はない。自衛隊の上下水道・電気・医療の増強を望まれた。又防衛庁長官にもお会いしたが、外務省は1ヶ月で帰ってしまうので能率が悪いと苦情があった。クエートの国境を越えるのは大変であったが、広島、伊勢も訪問する予定との事であった。

 討議の中で注目すべき点は以下のようであった。イラクは旧政権以来35年間抑圧され、破壊されて、開発途上国のようになってしまった。日本の戦後の復興には敬意を抱き、又自衛隊による復興援助については感謝しているが、尚増強を希望している。サマワの治安が良いのは、100%イスラム教徒で過去旧政権の悪さに全ての人が苦しみ、宗教指導者が直接指導していることと、サマワは部族社会でお互いを尊敬しているからであるとしている。サドルの米軍追放の要求は現実的でないと判断しているが、サマワに入ってきているのは少なく、又占領軍と戦っているので、戦略的に日本軍との衝突は考えられないとしている。又アメリカはかつてサダムを支援した事があり、インフラを破壊して人権にも大きな影響を与えてきた。サダムを倒したことには感謝しているがその後は感謝していない。劣化ウラン弾は湾岸戦争当時のもので、肺ガン、白血病が多い。アメリカ軍の虐待も日本軍には関係ないと思っている。というような事であった。


[24日(月)] 「最も経済的な趣味・読書による発見」原稿完成

 先日来、「素人の歴史道楽」及び「知的好奇心の探求」について、それぞれ概要と主要参考文献一覧を作成した。更に二つの概要を合成して「読書による知的好奇心の探求(最も経済的な趣味)」を作成した。しかし講演の原稿として、或いはPower Pointで原稿をつくるにはやや不適当なので、先に作成した「定年後の人生の楽しみ方の一例」と同様なスタイルで「最も経済的な趣味・読書による発見」の原稿を完成した。これをコピーすれば2〜3時間の講演は可能である。

 内容は、1.歴史という名の娯楽、2.人類の歴史、3.戦争史論、4.暦の歴史、5.各地文明の特色、6.文明論と文明の法則、 7.ヨーロッパの源流、8.新しい世界史、9.日本人・日本語・日本文化の起源、10. 日本建国の謎、11. 新しい日本史、12. 秘められた日本史を探る、13. 大東亜戦争と日米関係、14. 世界史のつまみ食い、15. 宗教論、16. 科学・哲学・日本人論、17. 政治・経済・社会の問題点と未来の創造、という題で、それぞれ2〜8行の説明をつけている。

 例えば2.人類の歴史では、表題の下に下記6行の説明が入る。
☆人類革命:猿からの進化
☆農業革命:食料の生産
☆都市革命:文明の発生
☆精神革命:哲学者・宗教家の輩出
☆科学革命:産業革命、情報革命
☆人間革命:二極分化の調和(物質文明と精神文明、経済発展と環境保護、個と全体、先進と後進)

 このようにすれば、話もし易いし、聞く方も分かりやすいのではないかと思う。戦争史論では平和の反対は戦争ではなくて不和であり、平和にも不和にもいろいろな段階があり、戦争は不和の一段階であるとか、中立を保障するには客観的条件があり、日本はその条件を満たしていない等、普段あまり聞き慣れない話ばかりを集めてみた。曜日の決まり方などもあまり知られていないと思うが、地球から遠い順に星を並べると、土星、木星、火星、日(太陽)、金星、水星、月となる。例えば日曜の次は、日、金、水、月、土、木、火、・・・と1時間毎に星を順番に変えてゆくと、24時間経って25番目は「月」となるので日曜の次は月曜と決めたという。くだらぬ事かも知れないが、人生の目的は「知る」ことであるというイスラムの教えがあるそうである。ソクラテスではないが、読書してみると「私は何も知らない」という事が実感できる。それにしても区立図書館を使えば一文もかからないまことに経済的な趣味である。


[23日(日)] 日曜日は健康ゴルフ、雨が降らなくてよかった。

 日曜日は原則として健康維持のためゴルフすることにしている。今日は予報では午後から雨ということであったが、予報はよく外れるし、雨と言われて休んで晴れたりすると癪にさわるので、雨合羽を用意して出掛けた。案の定、ゴルフ場は空いているし、雨は殆ど降らなかったし、気持ちよくゴルフできた。

 前日沼部の練習場で軽量アイアンの練習をしてみたが、やはり現在使用しているアイアンの方が距離が出ることが分かり、又ウッドより距離と方角が正確なので、アプローチには4番までダイワのアイアンを使うことに戻した。午前中は少し寒くて調子が悪かったが、昼食で小瓶の黒ビールを飲んだら調子が出てきて、午後のハーフはボギーペースで廻ることが出来た。現在の飛距離ではパーオンが難しく、従ってボギーペースは順当な所で、たまにパーもとれるので、ダボが出ないようにすれば45を切ることも可能である。

 ドライバーとフェアウェイウッドで時々打ち損じたが、慎重にやれば問題ない。慌てて早撃ちしないよう注意が必要である。あとアイアンで問題だったのは、時々だふってボールが所定の距離飛ばないばかりかバンカーに入れたりすることがあった。これを防ぐためには慎重さと共に、絶対にだふらぬようスイングすることである。後は短いパットを外さぬことで、これは練習で自信をつけることが必要であろう。今日はアイアンの結果が大分良かったので、かなり気分がよくなった。尚練習場を含め、歩行数は23,000歩であった。

 今日もテレビは拉致問題で、評論家ばかりか行方不明者の家族が小泉首相の非難を合唱していたが、何となく見当違いの感がする。おかしいのは北朝鮮で、行方不明者は北朝鮮の発表では死亡か入国未確認だったのであり、再調査するのは一歩前進だと思うが、我が身を顧みずに自国の首相の行動を非難するのはどう考えても品性がなさ過ぎる。


[22日(土)] 読書による知的好奇心の探求

 今日は朝から小泉首相の北朝鮮訪問で持ちきりであった。結果は蓮池・地村夫妻の子供5人が本日帰国、曽我さんの家族は帰国を希望せず北京で後日会う予定。10人の拉致不明者はあらためて調査という結果で、不明者の家族にとっては期限がなく不満が残った。

 先日から始めていたゴールデン・エイジの「素人の歴史道楽」、続ゴールデン・エイジの「知的好奇心の探求」とその後の読書を組み合わせて、「読書による知的好奇心の探求(最も経済的な趣味)の原案を作成した。第一章の「歴史という名の娯楽」から「人類の歴史」「戦争とは何か」「暦の歴史」「各地文明の特色」「文明論と文明の法則」「ヨーロッパの源流」「新しい世界史」「日本人・日本語・日本文化の起源」「日本建国の謎」「新しい日本史」「秘められた日本史を探る」「大東亜戦争と日米関係」「世界史のつまみ食い」「宗教論」「科学・哲学・日本人論」と続き第十七章「政治・経済・社会」でひとまず終わる。

 原案は「素人の歴史道楽」「知的好奇心の探求」で作成した主要参考文献一覧との関係を重視して作成したので、内容がやや複雑であり、講義用あるいはPower Pointで資料を作成するには、内容をもう少し簡素化した方が良いのではないかと思われる。従って文化センターでPower Pointで作成した資料をProjectorで投影できる設備があれば、Power Point用の資料を作成するし、もし設備がなければ見易い資料をコピーして渡せるようにするつもりである。

 「世界史のつまみ食い」で世界各地の旅先の歴史は、旅行費用がかかっていて必ずしも経済的とはいえないが、その他は殆ど区立図書館から借りた図書で得た知識であり、片道10分歩くだけで趣味としての費用は直接には全然かかっていない。それでも史上初のヘロドトスの歴史が当時のギリシャでは娯楽とみなされたとか、仏教で小乗仏教という呼称は大乗仏教側の蔑称で、上座部仏教と呼ぶべきであるとか、教えられることも少なくない。大東亜戦争開戦前夜の秘められた日米交渉などまだあまりオープンではない話題もあるし、少なくも学生時代に習ったことがなく、しかも日本人として知っておくべき事がこれほど沢山あることに驚かされる。何も知らないで死ぬ人が大半であるが、好奇心からとはいえ、いろいろと知ることが人生の目的であるとはイスラムの教えであるとのことである。


[21日(金)] 計装工業会30周年記念式典及び祝賀会

 東芝プラント建設の社長時代に計装工業界の理事をやっていたが、30周年記念行事を六本木の全日空ホテルで行うので出席されたいと招待され、13年ぶりに出席した。記念行事の始まる前に1時間ばかり前国土交通大臣であった参議院議員の扇千景氏の「これでいいのか日本」という講演があった。成田や関空がたった1本の滑走路でどうするんだと批判したり、役人は任期外のことには関心がないとか大きな声でいいたいことを言っていた。しかし最後に、21世紀を日本にとって意義あらしめるために、大陸棚の調査を期限内に行って、1.7倍の国土と貴重な資源の確保を成し遂げたいが、どうしても工業会や一般国民の協力が得たいという話は印象的であった。

 話を聞いていて思い出したが、以前日本工業倶楽部の産業講演会で日本総研理事長の柿本寿明氏から聞いた話で、日本の中はニュージャパンとオールドジャパンのせめぎ合いで、世界情勢に疎い、お上依存のオールドジャパンがやはり障碍になっているようだという感じであった。更に記念式典になって会長挨拶の後、自民党の安部幹事長他が挨拶されたが、安部さんは親子二代計装工業会に縁があるようであった。21世紀にはソフト面での技術進歩を期待されていた。

 夕食は立食であったが、結構立派な料理であった。同時に若山名誉会長をはじめ古いメンバーの方々に久しぶりにお目にかかることができた。ただ何人かは親しげに挨拶はされたものの、当方の記憶が定かでなく、どなただったか思い出せなかった。若山さんは近電工の会長をされていたが、同時に計装工業会の会長でもあり、今から30年前に工業会を立ち上げた方である。従ってご年配でもあり、足腰が多少弱られたようであったが、まだ昔の私のゴルフを覚えておられたのには感心した。しかし現役の方は出身会社の方以外は存じ上げず、計装工業会とのご縁もこれでおしまいと思うと少し淋しい気もするが、ご縁がないと思っていたのに急に呼び出されて面食らったと言う方が当たっているかもしれない。


[20日(木)] 日本的経営の何が残るか

 2ヶ月毎に血液検査を行っている。たまたま今月は1日から糖尿病の治療薬と称するシーラジャトウを飲んでいるので、その効果が果たして現れているのかどうか関心があった。結果からいうと、前々月の検査結果より改善は認められるがまだ正常の範囲には程遠いのが現状である。飲み始めてから3週間弱なので、断定的には言えないが、効き方が早くないのは事実で、やはりしばらく続けてみるしかないであろう。本当に治ればもうけものであり、そうあってほしいと願うのは当然であるが、別に悪くなっている訳ではないのでそれ程がっかりする必要もない。これから2ヶ月後の検査では正常値に戻ることを期待している。

 病院から直行して学士会の午餐会に出席した。今日はロンドン大学名誉教授のロナルド・ドーア氏の「日本的経営の何が残るか」という講演があった。イギリス人からみて日本の経営の変化をどう観察しているか興味があった。先年話のあったドナルド・キーン氏と同様日本語が極めて達者であった。又Power Pointを利用して話されていたのも参考になった。

 同じ資本主義といっても日本とアングロサクソン系の国では経営者や労働者の価値観はかなり違っていた。戦後近代化を進めてから日本の経営も順調に発展し、80年代は絶頂期にあったが、90年代に入ってから機能不全になり、グローバル・スタンダードに適合するため抜本的改革が必要になった。そのため役員会の組織をはじめ経営姿勢も変化してきた。しかし生え抜き経営陣の結束と官僚主義的経営キャリアとか経営者の会社への忠誠心などは今後も残るであろうが、現場従業員の企業帰属意識とか企業内の報酬分布の比較的平等とかは失われると思われる。このことは社会的にも階級分化が進展し、世襲的階級が形成されるなど、従来の日本的感覚とは大きくずれてくるとドーア氏は指摘していた。たしかに最近の執行役員制度などは従来の感覚では一寸なじめない。


 

[19日(水)] 明治維新は足軽革命か?

 私の中学を昭和10年から19年に卒業した中の有志の会として十徳会がある。前は毎月19日に虎ノ門の霞山会館で午餐会を行っていたが、今は隔月になり、昼食後記念講演が行われる。今日は17年卒のFさんが「明治維新異聞記(神聖喜劇)」という題で講演した。元陸士から陸軍中尉だった人で、戦後復員局から東京裁判では東条さんについたそうで、その後いろいろと歴史を調べており、十徳会でも過去四回中国、台湾、朝鮮関係の話をしている。もともと歴史とは歴史家のつくる物語であるから、それ程驚くことはないが、今回の話はかなり異聞に属するものであった。

 端的にいえば、明治維新は足軽革命と断定し、食えなくなった下級武士や公家がよい生活をしたくなったのが原因だという。元々長州は10カ国を支配していたが、徳川になって防長2カ国に抑えられ、徳川に恨みを抱いていたという。そのため長州が主になって徳川に反乱を起こしたが、皇室を尊敬していたわけではなく、結果として最も皇室に忠誠を尽くしたのは徳川将軍家であったという。長州の下級武士出身で維新後出世した人は皇室を含めてかなりの暗殺を行ったという。

 もひとつ衝撃的なのは、孝明天皇のお世継ぎの睦仁親王が同名ながら途中で入れ替わり、即位された明治天皇は実は大室家の長男であったという。大室家というのは山口県の田伏にあり、後醍醐天皇の後裔で山林80町歩、田畑17町歩を持つ名家であったという。次のことは防長回天史に記載されているとの事であるが、明治3年西郷隆盛が明治天皇に「我が儘を止めぬと元の身分に戻すぞ」と脅したそうである。当時は知る人ぞ知る状況だったのかも知れない。

 前にロナルド・キーンの「明治天皇」上下2巻を読み、睦仁親王のこともいろいろと出てきたが、途中で人が入れ替わったとは書いてなかった。当時の事は今から130〜140年くらい前のことに過ぎないが、武家政治の時代と現代では、政治環境的にはかなりの相違があり、武士は常時凶器ともいえる刀を差しており、暗殺は数多く、それ程珍しいことではなかったと思われる。日露戦争の旅順攻防戦でも歴史はかなり変歪されていることを実感しており、Fさんの話も一つの歴史的物語として理解できる。


[18日] 読書による知的好奇心の探求(その2)

 昨日は「素人の歴史道楽」の主要参考文献一覧をA4版2頁半にまとめたが、本日は「素人の歴史道楽」概要を1頁にまとめ、「知的好奇心の探求」概要を2頁にまとめた。後者の参考文献をまとめた上で、その後の部分をやはり概要と参考文献にまとめ、その上で全体のまとめを行いたい。

 実は17日の月曜に、歯石の除去でしばらくぶりに近所の歯医者へ行ったら、右奥下側の金属で被せた歯が改修が必要と言われ、根の治療をした上で被せ直すので10回くらいかかるかも知れないといわれ、火、水と連日通った。思ったより悪くないそうだが、早く直したいので出来る限り都合をつけて通うつもりである。

 ここの所ゴルフではアイアンの調子がよくないが、昔買って、も少し年とったら使おうと思っていた軽量アイアンを思い出し、庭で振ってみたら、意外と調子がよい。ボールは軽く上がるし、打ちそこないは少ない。問題はそれぞれのクラブの飛距離がどれくらいになるかであり、これは練習場へ行って確かめるしかない。明日から又天気が悪いようであるが、よくなったら出掛けて確かめたい。

 国会での年金問題は相変わらずであるが、民主党の代表に一旦は引き受けた小沢氏が小泉首相と同様に未加入期間があったとかで代表選直前に辞退し、結局岡田幹事長が代表となり、幹事長には自由党からきた藤井氏が指名された。小沢氏は小泉首相にゆさぶりをかけたつもりかも知れないが、参院選を含めて今年の9月までというのに嫌気がさしたのではと噂されている。


[17日(月)] 読書による知的好奇心の探求

 以前から読書すると要点をノートにまとめ、ある程度溜まると読書録と共に、歴史道楽とか歴史は変わるとかいろいろ題をつけて文章をまとめている。97年に出版したGOLDEN AGEでは歴史という名の娯楽から始まって人類の歴史、暦の歴史、から新しい世界史、文明の法則、日本の起源、新しい日本史、宗教の歴史など15章に亘り「素人の歴史道楽」としてとりまとめた。各章の末尾には主要参考文献を記している。

 続いて5年後の2002年に出版した続 GOLDEN AGEには「知的好奇心の探求」として歴史とは何か、戦争とは何か、世界史のつまみ食い、日本史の周辺、文明論、宗教論、哲学論、科学論、政治・経済・社会と9章にその後の読書をタネに執筆した。ここにも各章の末尾に主な参考文献を記している。その後1年半経過し、多少読書も進み、関心も少し変化して日本の古代史、日本の近代史、韓国、中国、アメリカの歴史と現状、日本文明の特色、宗教論、日本の財政問題、地方自治と道州制、老人と健康といった内容となっている。

 定年後の人生の楽しみ方に関連して、大変な作業になるが「読書による知的好奇心の探求」とでも題して、これまでのものを纏め直したいと考えた。そのためまず「素人の歴史道楽」の主要参考文献を章ごとにリストアップする作業を始めた。結構な作業となり、一日でまとまらなかった。続いて「知的好奇心の探求」についてもまとめ、それぞれの話の筋と参考文献から全体の構成と主要な参考文献のリストをまとめたいと思っている。それによって定年後の人生の最も経済的な趣味(図書館を利用して読書すれば無料)の例としてどのような知識が得られ、それはどのような書籍から得られたかを後輩に示すことができるのではないかと考えている。


[16日(日)] 終日雨の中のゴルフ、しかし程よい疲れ

 昨日の予報では日中は曇りで夜になって雨ということだった。しかし今朝目が覚めてみると小雨が降っている。それに天気予報も雨に変わっている。普段なら休む所であるが、今日はT社の練習会であることと、やはり日曜日にゴルフでもして運動しないと体重が増えてしまうので、多少無理して出掛けた。天気が悪いので行きの道路は空いていたが、時々雨でガスが出て視界が悪いことがあった。しかし本厚木CCまで50分位で到着した。

 ゴルフ場に着いてみると、駐車場は半分以上空いており、70人がキャンセルしたそうで、又フリーの客も少なく、予定より早くスタート出来た。練習会も今日は僅かに3組であった。それでも91才のHさんと一緒に廻り、相変わらずドライバーはオーバードライブされる事が多かった。午前中はショートアプローチとパットが好調で、ほぼボギーペースで廻ることが出来た。しかし昼にビールを飲んだせいか、又一向に天気が良くならないせいか、午後は思うようなゴルフが出来ず、ダボペースに近いスコアになってしまった。やはり問題はアプローチとパットである。

 尚今日は13日(木)の日記に書いたようにウッドの代わりにアイアンを持って行った。ところが朝打ち放しの練習場でアイアンの距離を確かめようと思ったが、生憎雨が強くなって思うような練習が出来ず、従って距離も確認出来なかった。これが結局最後まで響いた。 150ヤード以内であれば、10ヤード間隔で使うクラブが決まる位にならないとスコアはまとまらない。ウッドでは意外にランがあるので やはりアイアンで止まる球を打ちたい。昔何でもなかったことがどうして今うまくいかないのか良く分からないが、結論として#6,#5,#4のアイアンを練習して確実な距離を出す練習が必要だということを痛感した。雨で傘をさし、雨合羽をきてゴルフを続けたが、蒸し暑くてシャツは汗びっしょりであった。終わってみると程よい疲れで風呂が気持ちよかった。


[15日(土)] 定年後の人生の楽しみ方

 8月に申し込んでいる文化センターの地域講座の一環で、「定年後の人生の楽しみ方」と題する講演の原稿を作成した。これと「素人の歴史道楽」と組み合わせたら良いのではないかと思っている。一つには先日講習会で習ったPower Pointが利用できるような原稿とした。ただしTVでは画面が小さく、プロジェクターが利用できることが分かれば作ってみたいと思っている。

 中身としては、まず人生三分法で、修行時代、職業時代を経て道楽時代に入るわけで、道楽時代の最大の特色は時間の自由の獲得である。そこでその時間を有効に使うには人生設計が必要であり、総括、財政、家庭、健康、趣味、老後について検討が必要である。まず修行時代、職業時代を総括すると自分史が出来、その例として「激動の昭和一代記」の目次を示す。その他健康第一、情報革命とパソコンの利用、趣味のいろいろ、最も経済的な図書館を利用する読書に基づく読書録のデータベースにおける分類整理番号リストを例示している。「素人の歴史道楽」は4年前の原稿があるが、その後の読書の中で興味のあるものを取り入れて内容をリニューワルしたい。

 昼の散歩に例の宝莱山古墳を尋ねた。ここは多摩川台公園の北端の延長部分にあり、東京都指定の史跡となっており、4世紀前半に出来た荏原台古墳群で最も古い古墳で、前方後円墳となっている。全長は97mあり、前方部は国指定の史跡となっている多摩川台公園南端の亀甲山古墳(4世紀後半、全長107m)の前方部と向き合っている。実は宝莱山古墳も何度か来たことはあったが、標識を良く読まなかったことと、それほど古墳に興味を持っていなかったので、明確な認識を持っていなかった。たしか以前はどこかの大使館の邸内にあったのを都の史跡とするため譲り受けたと記憶している。ここまで歩くとそれだけで6000歩以上となる。


[14日(金)] 名刺の整理で一通りの整理が終わる

 しばらく各種の整理が続いたが、本日名刺を整理して一通りの整理が終わった。現役時代は膨大な名刺を管理していたが、引退後はそれほど名刺付き合いはないので、適当に保管していた。そして実際には住所録と電子メールの Who's Who というリストで大体間に合わせていた。しかし最近又名刺交換の機会が増え、整理しておかないと具合が悪くなった為に整理したものである。

 先週の土曜に参加したミステリーツアーのクラブツーリズムから旅の友という雑誌が送られ、別冊として「夏の北海道」の観光案内が来た。私は現役時代何度も北海道へ出張しているが、家内が一度も行ったことがないというので、出掛けることにした。他の旅行社で申し込んでいたが、クラブツーリズムには私も行ったことのない稚内・宗谷岬から網走・知床を含む北海道全周・完全制覇7日間というコースがあり、早速インターネットでこちらに申込み、先約をキャンセルした。

 国民年金未納問題でもめていた国会では、遂に未納議員99人と発表されたが、恐らく今後も未納乃至は未加入の議員が現れ、100人を超すのは確実であろう。小泉首相も強制的になる前に未加入の時期があったと今頃発表している。今の年金改訂を主張した公明党に至っては、党首、幹事長、政調会長の党三役が、昨日年金改定案が衆議院通過を確認して未納を発表し、悪評さくさくである。一番打撃を受けた民主党では、ようやく小沢氏が代表を受諾したと報道された。小沢氏の経歴から見ると、必ず後で問題を起こしており、今後の動向には注目を要する。田中角栄には可愛がられたが、どうも世界的な視野に乏しく、国連中心主義のように見えるのは問題である。

 北朝鮮の拉致問題も膠着状態にあったが、小泉首相は来週の22日に北朝鮮を再訪問することに決めたようである。既に帰国した5人の家族8人の帰国にとどまらず、今まで消息のよく分からない人の明確化が期待されている。又曽我ひとみさんの亭主のアメリカ人は脱走兵なので、米軍の対応が注目されている。拉致は犯罪行為なのに帰国しないのは約束違反だなどとほざく相手との交渉は一筋縄ではいかないであろうが、国交正常化に向かって一歩を進めることができれば内閣の支持率は更に上がるであろう。


[13日(木)] 久しぶりのフリー・デー

ここの所毎日予定が入っていて結構忙しい日が続いていたが、今日は久しぶりに予定が入っておらずフリーであった。朝パソコン通信で平成フォーラムを巡回し、メールを見る。その後昨晩遅かったので昨日分の夢幻日記をつける。現在の日本には憲法改正を含めていろいろな問題があるが、もっとも効果的な方途として当分は道州制の推進一本に絞ってゆくつもりである。その後で昨晩の例会の議事速報をつくり、連盟のHPにアップすると共に、会員にメールで知らせ、生活者通信にも原稿として送付した。

 しばらくゴルフのスコアがまとまらない原因の一つとしてアプローチの精度の問題がある。そこで#9,#11のウッドの代わりに#4,#5,#6のアイアンを復活させて庭で練習してみた。昔に比べて飛距離は落ちているが、まだアイアンでも使えそうな感じなので、今度の日曜日の練習会にはアイアンを持って行くつもりである。やはりWボギーは叩かないようにしないとゴルフも面白くない。

 夕方散歩に多摩川台公園から宝来公園を廻ってみた。かねてから亀甲山古墳より古い宝莱山古墳が宝来公園にあるものとばかり思い込んでいたが、宝来公園の中をいくら探しても古墳の跡形もない。おかしいと思ってあらためてガイドブックで宝莱山古墳の番地を調べ、地図で場所を調べると、どうやら多摩川台公園の西北端のあたりらしいので、後日あらためて現地を調べてみたい。

 パソコン通信の平成フォーラムで、大前研一通信の「最強のビジネスマン講座」第38回で大学教育を論じていた。大前さんが今度韓国の梨花女子大学の先生になって、韓国の大学の様子を調べたら、韓国のトップクラスの大学では、英語で完全授業をしていたり、半年間の海外留学を必須にしたりしていて、韓国の大学改革は日本を凌駕しており、日本の「国立大学法人化」では学長の権限が弱く生ぬるいと評している。昨夜の道州制でも問題になったが、どうも日本の政治家や官僚、それに地方自治体のぶら下がり族は世界の現実を見ずに既得権益にしがみついて亡国の道を歩いているだけのような感じがしてならない。


[12日(水)] 道州制の問題点と早わかり5ヶ条

 昨日は東京で30℃という5月中旬としては記録的な暑さであったが、今日は24℃と変化が激しい。午前中は例によってアクアスパへ行き、トレーニングを行った。後半の水泳の20m無呼吸は、200m毎に5回行ったが、最初の1回やや苦しかっただけで5回とも成功した。 ということは体調もまあまあということである。更に水泳前後で0.7kg体重が減少し、水泳後は74.1kgと近来になく低くなり、74kgの壁を破るのも期待できるようになった。シーラジャトウが多少効き始めたのであろうか?

 夜は蒲田で道州制推進連盟の5月例会を行った。東京財団の「道州制」研究プロジェクトの報告会や神戸新聞の4月25日の論説から現状の問題点5ヶ条として@道州制という概念の不明確さ、A基礎的自治体である市町村の合併が進まないこと、B州の区画に幾案もあり、結論が出ていないこと、C中央省庁の対応が不明確なこと、D道州制実現のステップが不明確なこと、が挙げられた。

 このうち@の対策として、道州制早わかり5ヶ条が検討された。項目は@道州制って何のこと?、A何故道州制にするの?、B国の形はどう変わるの?、C道州制にはどんなメリットがあるの?、D道州制による地域の自立を妨げているのは誰なの?、で、MLで検討された結果をまとめて発表された。これらを効果的に編集して連盟のHPにのせることにした。又問題点の項目毎に担当を決めた。

 日本では中央集権の弊害で、中央も地方も行政は借金にぶら下がって経営努力が全く払われていない。大体地域の税収の何倍も中央から金を貰って、ぶら下がり根性に毒されているところが多い。ある意味では完全な開発途上国的姿勢である。ところが北欧を中心に、強国に挟まれた独立小国であるルクセンブルグ、ノルウェー、スイス、デンマーク、アイスランド、アイルランド、スエーデン、オランダなど、他国の援助は全くなくても世界的に一人当たりの所得の上位を占めている。このような貴重な教訓があるのに、日本人だから不可能であると言っている現在の国と地方の行政とそれを正すべき政治の腐敗を断固叩きつぶさなければ日本の将来はない。


[11日(火)] ロシア正教とロシアの国民性

 今から7年前と2年前と2回ロシアに行ったが、ロシア人がロシア正教の教会に礼拝に行く割合は、現在の西欧人が教会に行く人の割合に比べて遙かに多いということを知った。だが何故そうなのかは分からなかった。今日日本工業倶楽部の素修会で早稲田の高野教授の「ロシア正教とロシアの国民性」という話を聞いて成る程と思った。

 ロシア正教というのはギリシャ正教の流れであることは知っていたが、カトリックでは国境を越えてローマ法王がトップであるのに対して、ギリシャ正教側の国では、国ごとに総主教がいて、ロシア正教とはロシアという国の民族教会の性質を持っているという。さらにロシア人は「神に選ばれた国民」だという選民意識を持っているそうで、かのドストエフスキーなども、「ロシアのキリスト教のみが正しい」という狂信的なナショナリストであったという。

 反面ロシア正教には非社会的で神秘的な性格もあり、社会的な宗教であるカトリックに対し、ロシア正教は個人的な祈りの宗教であり、信者が自由に「霊的共同体」「兄弟愛的結合」を作るという面もあるようである。これら二つの特徴には矛盾があるが、社会主義・全体主義を経験したロシア人にとってはそれ程の問題ではなく、西欧諸国との根本の違いは宗教の違いだと認識しているようである。

 尚現在の南樺太では、かつて日本人が開拓した農地も放置したままになっているそうである。現地のロシア人に何故かと聞くと、折角農作物を作っても、収穫寸前に全部盗まれるからばかばかしくてやっていられないという返事だったという。西と北の諸国がEUに加盟してしまい、東に出るしかないロシアであるが、その実態は以上のような話である。


[10日(月)] Microsoft Power Pointの丸一日特別研修

 今日はOBを集めて定期的にパソコンの講習会を行っているRKH研究所のMicrosoft Power Pointの講習会に参加した。今日からホームページの作り方その他、毎週月曜日に10回に亘って講習会が川崎の東芝科学館で開かれるが、今日はPCによる発表用資料の作り方、つまりPower Pointの活用方法の講習であった。午前9時30分から午後4時までであったが、たまたま受講生が私一人だったので、講師連中に囲まれて甚だ密度の濃い研修となった。

 僅か1日で「はじめての Microsoft Power Point 2000」という200頁の資料をカバーしたので、とても全部頭に入りきれる物ではない。やはり簡単なものから実際に資料を作ってみる必要があると思われる。果たしてこれからどのくらい時間をつぎ込めるかが問題であるが、楽しみであるには違いない。ただ一つの問題は Windows XP のPCにはPower Point というソフトは入っておらず、購入すると25,000円くらいするということであった。しかし家の中にあった Office97 のCDの中にはPower Point が入っており、Upgreade版を買うだけなら半値であるということであったので、早速PC内にインストールした。本当は8月の文化センターの講義に使いたいと思っているが、果たしてどうなるであろうか?

 民主党の菅代表が遂に詰め腹を切らされて代表を辞任した。その後任の問題と、年金改革法案の三党合意に関する党内意見の集約に手間取っているようである。それにつけても先日参加した「外国人から見た日本の政治」のJ1フォーラムで、アメリカのジャーナリストが「日本人は理想と現実との妥協を必要とする民主主義は肌に合わないのではないか」と指摘していたが、妥協を潔しとせず、反対は飽くまで反対として貫くのが格好良いと思いこんでいる人が日本には多いので、ある意味で今回の辞任劇は民主主義の危機なのかも知れない。恐らく次の参議院選挙にも響き、民主党ががたがたになるとしたら、その影響は決して小さくはないであろう。


 

[9日(日)] 折角の日曜日なのに生憎のお天気

 連休中は道路が混むであろうということでゴルフもお休みしたが、ようやく連休も明けたので本厚木に出掛けた。予報では夜から雨ということだったが、ゴルフ場についたらぽつりぽつりと雨が降り出し、結局午前・午後とも雨が降ったり止んだりの冴えない天気になった。初めのうちはボギーペースだったが、折角アプローチで寄せながら、短いパットが入らなくなり、前半の終わり頃からダホがよく出るようになってしまった。終わってみれば何とか100を切ったがぎりぎりで情けない結果であった。ただ連休の後だし、お天気も悪いことが影響して、往復の道路は比較的空いていた。毎度のことながら練習不足を感じる。

 年金問題で、福田官房長官の辞任に伴い、民主党の菅代表が矢面に立ち、明日進退を発表すると報道されているが、今日までよくTV番組に出演している。ただ割の良い議員年金に恵まれた国会議員が、国民年金の未加入期間があったからといって、それほど大騒ぎする問題ではないと思うが、どうも民主主義を誤解してレベルの低い問題に固執する傾向が見られる。マスメディアは何かというと世論調査と称して、みそもくそも訳の分からぬ人に賛否を尋ねてさも意義のある意見のように言うが、これは民主主義ではなく単なる衆愚政治のデモに過ぎない。将来の年金の形をどのようにするのがよいかという問題を考える上で、最低保障の問題と積み立て保険の問題、少子高齢化の問題と巨額の金銭を政府機関が扱うことの危険性を十分考慮する必要がある。本質的問題を明確にした上で国民的議論を行うべきであろう。

 もひとつここ数日TVを賑わしているのは、イラクにおけるアメリカ兵によるイラク人の虐待問題である。どのような種類のイラク人であるかが明らかでないが、ただ虐待はいけないというような論調に見える。ブッシュ大統領の命令で、イラク人虐待問題の調査が行われるそうであるが、この問題は根が深いと思われる。かつての大東亜戦争でも、米軍は民間住宅地に大量の焼夷弾爆撃を行い、最後には広島と長崎に原子爆弾を投下したが、いずれも非戦闘員相手の悪逆な行動である。これはアメリカ人に限ったことではないが、世界の大陸系の国民の多くは過去にこのような残虐行為を行ったか受けたかの歴史があり、特殊な日本人的感覚で非難するだけでは問題の解決にはならない。ただ一神教の存在と、一神教間の対立があるかぎり、このような問題は本質的には尽きないと思われるので、そのような前提で、効果的な抑止措置を講じる以外にないと思われる。


[8日(土)] 5つの日本○○めぐり・ゴーゴーミステリー

 嶺町文化センター・いきいき倶楽部の5月行事として、たびともバスツアー・1周年記念企画、午前と午後のおやつにクイズ大会も楽しみ、5つの日本○○めぐり、ゴーゴーミステリーという丸一日三食付き5500円のツアーに参加した。参加者が多く、大型バス3台で、いきいき倶楽部の仲間9名は3号車49名の一番後ろの席2列に指定された。乗客は年配者が多く、女性が6割くらいであった。行き先の分からないツアーに参加したのは実は今回が初めてである。

 朝は蒲田7時、大井町、五反田、目黒8時ということで目黒から乗車することとした。前日に添乗員から3号車に乗るように連絡を受けていた。目黒東口のりそな銀行の前には8時10分前にはバスが到着した。出発後まもなく朝飯の弁当としておにぎり2個が配られ、どこえ行くかあてるクイズ用紙が配られた。質問は本日の行く先4ヶ所をあてる問題と、旅行社の宣伝文句、更に何県に行くのか、又追加として添乗員の年齢の7問であった。

 高速道は比較的順調で、9時頃守谷SAでトイレ休憩をした後10時には水戸偕楽園に到着した。ここは金沢の兼六園、岡山の後楽園と共に日本三大名園の一つである。駐車場からJR常磐線を渡った所に小さな大日本史完成の地の碑が立っていた。東門から入り、梅林を通って好文邸という当時の3階建ての由緒ある屋敷を見学した。70才以上は入場無料であった。1時間程して戻り、お菓子の夢工場に立ち寄って土産物を買ってから、12時頃水戸ドライブインで昼食をとる。かなり豪勢な箱弁であった。飲み物がないと言われていたので下の売店でビールを買っておいた。

 13時には出発して15分ほどで笠間稲荷に到着した。ここは伏見稲荷、豊川稲荷と共に日本三大稲荷の一つだそうで、観光客で賑わっていた。ここから大分南に下り、15時頃石岡の近くの常陸風土記の丘という所へ行く。ここには時の門として現代、中世、古代の石の門があったり、ふれあい広場の先には初登場の日本一の獅子頭(展望台)があった。(さすがにこれは誰も予想できなかった) 十分見る時間はなかったが、ここには古代の家屋や史跡もあった。ここから南に下り土浦から東へ、16:40霞ヶ浦記念公園へ行き、風車の展望台に登って日本三大湖沼の一つ霞ヶ浦をじっくりと眺める。

 これで本日の観光を終了し、17時出発し、途中守谷SAでトイレ休憩したのち、夕食として「茨城のうまいもんづくし」という弁当を食べた。尚おやつは午前は納豆せんべい、午後はウェハスであった。クイズの発表があり、私は場所としては偕楽園と霞ヶ浦、それに茨城県と添乗員の年齢(23才)の4問が当たったが、49名中最高は4問正解で4名いた。残念ながらジャンケンで他の3名に商品が渡った。 都内に入って少し道路が混んだが、比較的順調に18:40に目黒に到着し、残留者と別れてバスを下車し、電車で帰宅した。この年になって、行く先もすべて初めてという珍しい体験の一日であった。

[7日(金)] 病院、古墳、年金、老後計画  今日は朝からT病院の耳鼻咽喉科へゆく。耳下腺腫瘍の経過をみるため2ヶ月に1度見て貰っているが、こちらの方は今のところ収まっている。多少アレルギー性の鼻炎が残っているが、問題はのどで、食べ物などがよく閊えると咳がでてなかなか止まらなくなる。一応簡単な麻酔で内視鏡を鼻からのどへ通してみたら、やはり頸骨が曲がって突き出しているため、のどが狭くなっているようである。これを完全に治すには頸骨を削るしかないが、とても危険だとのことで、結局狭いのどに閊えないような食べ方をするしかない。年をとればあちこちと具合が悪くなるが、ごまかしごまかし生きて行くしかないであろう。

 病院の往復や待ち時間を利用して、先日多摩川台公園で200円で買った「古墳ガイドブック」を読みこなした。多摩川台公園は武蔵の国荏原郡だった荏原台古墳群のほんの一部で、なんとその南の我が家の近所にも4っの円墳があったようで、今から50年以上前に我が家の庭を掘ったら貝殻が沢山出てきたことがあり、いずれにしても大和朝廷の力が及ぶ頃から、かなりの人が住んでいた様である。一応古墳の形から作り方、及び埋葬施設、それに副葬品から群馬の方との関連もあり、更には武蔵国造の乱ともからんでいるようである。我が家のあたりから野毛の方まで全部で50以上の古墳があり、中でも亀甲山古墳が一番大きい。尤もその先の宝莱山古墳の方が少し古いようである。古墳散策マップもついているので、機会をみて歩いてみたい。

 このところ年金問題で、いかに無駄遣いしてきたかではなくて、大臣や国会議員が国民保険の保険料を払っていなかったことが問題になっているが、年金改革法案の成立を前にして、突如福田官房長官が辞任したことが大きく報じられている。このため逆に民主党の菅代表に強烈な逆風が吹き、自民、公明、民主の3党の折衝で法案に付則をつけて一応まとまったのに、民主党の党内がもめているようである。福田さんも官房長官として最も任期が長かったので大分くたびれたと思うが、なかなか味な止め方をしたものである。

 連休中いろいろと整理して、ようやく本論の活動計画である老後計画の検討に入ることができた。まだ元気な場合、病気になった場合で多少検討が必要であり、死亡の準備もまだ少し残っている。いろいろな仮定のもとにどうするか計画を練るので、なかなか気が乗らない面もあるが、とにかく一応本年中にはかたをつけ、以後は変化分の見直しだけにしたい。調べてみると、死亡後の連絡事項だけでもかなり沢山あり、きちんと整理しておかないと後の人が迷惑するので、気が進まないなどと言ってはいられない。これからあちこちと折衝が必要なので精力的にこなして行きたい。


[6日(木)] なぜ目先の問題ばかり騒ぐのだろうか?

 このところ、議員の未払いと絡んで年金の改訂問題が騒がれているが、なぜ目先の問題ばかり騒ぐのだろうか? お隣の中国でもそうだが、官僚はあまり経済の実際の運営には得意ではない。つまり何百兆円もの金を扱うと、途端におかしな行動に走るのは既に証明済みである。そのような意味で年金だけでなく、郵貯も簡保も政府が扱うには金額が大きすぎる。一つには民営化の問題と、も一つは社会保障のあり方に問題を掘り下げる必要がある。つまり一元化して最低の保障のみ政府保障の基礎年金とし、その財源は消費税とすべきである。あとは個人で将来を考えて保険をかけることが望ましい。というような提案を経済同友会で出していたが、立法府の議員は議員年金に守られているので、どうも民間の感覚からずれているらしい。早く議員年金をやめて、一元化案を早くまとめるべきである。

 今日は朝からWindows Worksのデーターベースを利用して、読書や著作の記録の整理を行った。WorksはWindows3.1の時代からあったソフトで、データーベースとしては一番使いやすいので、未だに利用している。尤もWorks2001が出て大分変わってきて、多少面食らっているが、それでも題名、著者名、出版社、発行日、分類番号、記録日、価格、図書館等の記録をいれておけば、記録順にも分類順にも整理した表が簡単に作成できる。この中で分類番号は自分で勝手にきめたもので、大分類は対象別(例えば、歴史、文明、宗教、哲学、科学、政経、観光、著作など、)中分類は地域別(例えば、世界、日本、東洋、西洋、中近東、米州、その他など)、小分類は時代別(例えば、全時代、古代、中世、近世、近代、現代、未来など)としておくと、何か調べようとした場合、関係のあるものを簡単にピックアップできるので大変便利である。

 データーベースを作成しながら、かなりの文献に目を通したが、その中に非常に印象的な物と、日本の古代史のように、一寸怪しげなものもかなりある。しかし近代から現代にかけての歴史では、たとえば東京裁判で「侵略」という言葉が、実は外務省の誤訳であったなど、一寸ただでは捨て置けないような問題もある。特に占領軍の政策で、日本の伝統や歴史を無視したり歪曲してきたたたりがようやく表に現れてきたように思えるので、憲法や教育基本法の改正だけでなく、日本歴史についても国民に再教育する位のことをしてもよいのではないかと感じた。


[5日(水)] 端午の節句の気分が出ない

 ようやくゴールデンウィークの連休も終わりで、あちこちから帰る人や車で混雑しているという。もともとは今日は端午の節句であった。終戦前は4月29日が天長節で、5月5日が端午の節句であり、連休ではなかった。従って多くの家で空高く鯉のぼりを立て、家の中では武者人形を飾り、柏餅を食べ、男の子の成長を祝ったものである。しかし今はどこにも鯉のぼりは見られず、名前もこどもの日に変わり、昨日の国民の日と同様、連休第一で味気なくなり、更に小学校へ入り立ての男の子の歌うのが「世界でただ一つの花」とかまるで日本的情緒がなくなってしまった。

 午前にはいつもの通りスポーツセンターへ行き、いつものトレーニングを行ってきた。体調はまずまずと言うところで、20mのノーブレッスィングも5回とも成功したが、正直いってやや苦しかった。日曜にゴルフに行かなかったせいか、体重が0.5kg増えていたのは残念であった。連休中なので、普段の水曜ではみかけないメンバーが何人か来ていた。

 午後残っていた机上の書類の整理を行った。今年の活動計画から行けば、早く老後計画を纏める必要があるが、なかなかそこまでいかない。しかし処置がペンディングになっていた各種の資料を、一応ファイルに分類整理すると共に、不要になった書類をかなり廃棄処分することにした。ただ捨てるには惜しいものもあり、やむを得ず保存資料としてファイルした。昨年の4月頃から11月末にかけて種々調査した老後計画がその後中断しており、その後の作業を計画しなければいけないが、大分近づいてきた。ただその前にWindows Worksで整理していた読書録のデータベースが2001年以後ブランクになっており、これを至急埋めておかないと、8月のいきいき倶楽部の公開講座の原稿をつくるのに差し支える。歴史は常に変わるので、新しい記録の整理が必要になるからである。ただ4年前に作った資料もパソコンの中に入っていることが確かめられた。


[4日(火)] 日本の休日は多すぎないか?

  連休も終盤に入って道路も上りが混雑しているようだ。特に今日は春の嵐で、昼には30m/s近くの風が吹き、丸子橋を渡ろうとしたら吹き飛ばされそうになり止めにした。ついでに又多摩川台公園に行き、古墳展示室へゆき、4世紀から7世紀にかけての近くの荏原台古墳群の発掘された副葬品などを眺め、ついでに200円で大田区古墳ガイドブックを購入した。しかし公園はがらがらであった。

 まだ正確な調査はしていないが、日本は少し休日が多すぎるのではなかろうか? 今日も「国民の休日」になっているが、多分5日が昔から端午の節句で、戦後3日が憲法記念日となったので、間の4日も名目をつけて休みにしたのだと思う。しかし5月の連休だけでなく、1年を通じての休日が多すぎるのではないかと感じる。ゆとり教育と同じで、あまり怠けていると国際競争でそのうちひどい目に遭うような予感がする。それに連休に合わせて一斉に移動するので、混雑はするし、旅行の料金は上がるし、録なことはないのではなかろうか。もうそろそろ必要があれば、それぞれが休暇を取って旅行するなりすればよいのに、皆一斉に休まないと休みがとれないというのも時代遅れである。ヨーロッパのイタリアかどこかで休日を減らしたという話をちらと聞いた。学力低下だけでなく、産業力まで低下したら、生活水準の低下は必至である。勤勉な国民性の伝統を回復した方が賢明なのではなかろうか。

 2日の日記に記したように読書録の整理ができていなかったので、あらためて作成文書一覧をつくり、読書及び著作の記録を整理し、読書録の昨年末からのブランクを穴埋めした。数えてみると議事録等の作成はのぞき、読書の感想文や著作の記録が昨年末から先月末までで33件あった。続々GOLDEN AGEに掲載すべきものも何点かでてきたので近くアップしたい。ただソフトの関係でコピーが効かず、一字一字書き込まなければいけないのがつらい。しかしこの連休期間に溜まっていた雑用が大分整理できた。あとは机上の当面の資料整備を残すだけで、そろそろ年度計画を進めていきたい。


[3日(月)] 憲法記念日だって言うのにメディアは何してんの?

 今日は折角の憲法記念日だと言うのに、新聞でも大して取り上げないし、TV放送でもNHKが午前中に2時間ばかり、それも9条中心に放送しただけで、民放はTBSが夜の11時台に1時間足らず、これも9条中心に取り上げる予定があるだけで、他の民放は皆そっぽを向いているみたい。

 今から5年前に外国の憲法を含めていろいろと調査したことがあるが、日本国憲法には、形式上、条文上、おかしなところが一杯あり、実体は9条だけでなく憲法に違反していることも少なくない。又平和憲法と称して、米軍の核に守られている実態を無視して、改憲反対を唱えている政党やメディアもあり、非常識極まりないと思われる。憲法を改正した事がないのは日本くらいで、従って日本国憲法は実質的に世界で最も古い、時代おくれの憲法になっている。前文を含めて多くの論点が指摘されており、又改正私案も多く出されているので、この際徹底的に議論し、国際的に見て時代遅れの憲法を現代に適合する憲法に改正すべきである。スペースの関係で具体論に踏み込めないのが残念である。

 又今日はネット・デモクラシー推進プロジェクトを中心とするホームページの作り方の資料を整理し、蒲田へ行って「超図解HTMLでつくるホームページ入門」を購入し、大分頭の中が整理されてきた。前からジャストシステムのHPMIXによるHPを続けており、今年からKT−NETにこの日記を掲載し始めた。

 現在ジャストシステムからインターネット・ディスクの利用の勧誘があり、取り扱いが簡単でいろいろと利用の道があるが、調べてみたら有料である。又プロバイダーのニフティには無料の個人ホームページのスペースがある。HTMLでHPを作れば、無料の転送ソフトもあることが確かめられた。しかし昨日も述べたように、2月のミャンマー、3月の新型パソコン、4月のBフレッツ・ニューファミリータイプの導入だけでなく、1月からのこのホームページがかなりのロードになっており、落ち着いて長期的な計画を遂行する余裕をなくしたとも考えられる。従ってむやみにHPを広げることは困難で、HP自体将来どのように持ってゆくかよく考えてから実行に移してゆきたいと考える。


[2日(日)] 資料整備で日が暮れる

 連休で高速道路が混雑しているので恒例の日曜のゴルフはお休みとした。但し昼食後図書館へ返本に行き、ついでに正論の6月号と日経パソコンを読んでから少し歩いてきた。正論は観念的左翼に厳しいことを言っているが、アメリカや中国の歴史と現実を調べると、まだまだ日本の一般のジャーナリズムは甘いと思う。又政治も甘く、アメリカや中国に何か言われてもきちんと反論できないのは情けない。それよりまず憲法を改正してアメリカの属国から自立するのが先であるが、明日が憲法記念日なのでこの話題は明日に譲る。

 資料整備としてはまずBフレッツ関係の資料の整理とユーザー登録データの記帳を行った。それにしてもソフト、ハード共にやれIDだパスワードだと一々勝手に決めるので閉口している。それこそ国民総背番号制にして単純化した方がよほど効率が良いと思うがどうであろうか。

 ついで道州制関係の資料の整備を行った。前月の議事録を含めて8種類の資料を次回の例会用に用意した。但し4種類は直接運動に関連するが、後の4種類は直接は関係ないが、歴史認識として参考になるのではないかと思う。現在安全保障や外交問題に関して国論が二分しているが、これはやはり自国及び外国というか世界の歴史認識が甘いところからきていると思う。

 続いてHPのお気に入りで前のPCからまだ移していなかった17のHPを新しいPCのお気に入りに登録した。中にはURLの変更されたものもあるが、今はgoogleで検索すると、個人のHPでも簡単に索引でき、便利になったものである。ついでにいくつかのHPを覗いてみた。時間は有限なので、すべては見切れないところに問題がある。日経パソコンでも購入してパソコンにもっと強くなることも考えられるが、果たしてそこまで手をひろげることが可能かどうかもう少し様子をみたい。

 最後に読書録を整理しようと思ったら、今年になって大分ブランクがある。そこで一太郎から今年になって新たに作った文章を抜き出してコピーしてみた。2月にミャンマーへ行き、3月にパソコンの最新型を購入し、4月にBフレッツのニューファミリータイプに変更したりしもので、あらためて1月の記録などを見ると、成る程と思う物があり、目先だけでなく長期的な計画で忘れていたものがあることをあらためて認識した。結果として読書録の整理まではできなかったが、本年前半の活動を思い起こして参考になる面が多かった。


[1日(土)] 新緑が綺麗だった。

 今日の昼前に例のシーラジャトゥが到着した。今日から飲み始めて、いつごろから快眠・快食・快便になるか楽しみである。ほんとの所、東洋医学というのはどこまで信用してよいか分からないが、糖尿病はとにかく西洋医学では全快しないことは確かなので、東洋医学に賭けてみることにした。何らかの効果が認められたらその時点で報告する。

 月が変わったので前月の会計を行った。同時に2000年3月からの株価や為替の推移をEXCELで毎月平均値をだしたものをグラフにして眺めてみた。平均株価は2000年3月から多少デコボコはるが下がり続け、2003年4月から反転に転じ、尚上昇を続けている。多くの株も似たような傾向であるが、電力株などは殆どフラットであり、トプコンやTPSなどは比較的フラットできて2003年4月から急速に上昇している。為替も円安からやや円高傾向であるが、株価ほどの変動はない。

 連休初日ということで飛行機も列車も道路も大混雑のようであるが、久しぶりに夫婦で近場の景勝の地を散策してみた。昔東急が経営していた多摩川園は、遊園地からラケットクラブになり、又一部は誠成公倫という宗教団体の研修施設となった。その後ラケットクラブ跡地を大田区で購入し、区民に開放しているが、樹木が繁茂し、小さな滝もあり、池には鯉もいるし、いくつかの広場もあり、更に東側が高台となっていてなかなか趣のある公園になっている。それにも拘わらず人気は殆どなく、静寂そのものである。中には日陰で読書している人もいるにはいたが、最高の贅沢というものであろう。

 多摩川駅を挟んで西の多摩川よりには多摩川台公園がある。ここは昔の古墳の保護を主体にできた公園で、やはりいろいろな樹木や草花があり、所々に名札がついて樹木の名前が書いてあるが、とても覚えきれるものではない。南の端に亀甲山古墳があるが、5世紀の前方後円墳で、長さは107mもあり、高さは10mというが、その上に高い樹木が生い茂っている。北の方向に1列に1号墳から7号墳まで、少し先に8号墳があるが、2号墳から先は円墳である。6世紀後半から7世紀半ばにかけて作られたようで、公園内の古墳館に古墳から発掘された物が展示されている。桜の満開時には大勢の人が集まって桜の下でござを敷いて宴会をやっているが、今日は小さな子がブランコで遊んでいるのと、西側のベランダに腰掛けて川縁を眺めている人が少しいる位で、こちらも静かで新緑が爽やかである。ただ休もうと思うと、何か飲みたくなるが、店がないので自分で飲み物を持ってこないといけない。しかし何度きても気持ちのよい所である。





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